2002年 2月 サイパン

下2人の熱が出発一週間前からあって、ぎりぎりまで待ってどうにか下がってくれたので行くことにした。成田空港でのセキュリティが厳しくなったせいか、今までになく30分以上並んでチェックイン。
子供がいたので優先してくれたからその時間で済んだものの普通に並んでいる人達はもっと待ったと思う。航空会社は久々のJAL。キッズミールのポテトサラダが動物の顔になっていて可愛かった。
サイパン空港では狂牛病のレトルト品のチェックがなかったので、あれ?と思う。税関を抜けると怪しげなサイパンダのお迎え。ホテルに着いて荷物の整理をしてると、ゲームボーイのソフトがないことに気付きすぐに航空会社に電話したが見つからない。飛行機が日本に向けて飛び立ったので、日本でもう一度電話してみるようにとアドバイスを受ける。中には約2万円分ののソフトが入っていたので出てくると嬉しいけど・・・。我が家の場合、今まで何度か飛行機の中で紛失したことがあるが一度も出てきたことがないので、難しいと思う。

バスでの移動は子連れでは大変なので急遽レンタカーを借りることにした。後ろから取ればよかったんだけど、“ECHO”という日本にない車だった。



ドライブを兼ねてうろうろして夕飯はサンアイの近くにある“コスコ”と、“ドルフィンマーケット”で食材を買って作って食べた。右の写真はフルーツの盛り合わせ。マンゴー、パパイヤ、パイナップル、イチゴ、メロンが入っていた。味は・・・・甘味が少ないかも・・。
地元の人が出入りしているお店は面白いものを発見できたりするので楽しみの一つ。で、今回発見したのは《バブルバス》が売ってないこと。サイパンの水は塩分を含んでいるので泡が立ちにくいため使わないらしい。納得。そして、島に真水がないため蛇もいないらしい。韓国系のお店にも入ってみた。キムチ入りの美味しいカップラーメンをゲット。お夜食で子供が寝た後に食しました。




2日目は車で日航ホテルのパウパウビーチまで行った。上の写真のように観光客を見かけないのでびっくり。プライベートビーチ状態でした。現地の人がマリンスポーツの営業にきたけど、子供が小さいので断る。ずっと子供達と綺麗な貝殻を拾ったり、泳いだりとのんびりした時間を過ごす。


お昼は日航ホテルの近くにある“La Festa”内のトニーローマで食事をした。たまたま私が誕生日だったので主人がお店の人に言ってくれて、バースデイケーキ(大好物のチーズケーキ)のプレゼント付だった。




海からサンアイへ帰る途中、砂糖王公園を見つけたので入ってみることに。色んなものが置いてあり、鳥居や慰霊碑まであった。もちろん子供達が遊べるような遊具もあったが、ハエが多くて長時間遊ぶ気にはなれず早々と切り上げた。子供達はもっと遊びたがっていたけど・・・。ホテルに戻ってからはこれまた子供の時間で、プールへ行って時間を過ごし、疲れからか早めに就寝。

3日目は、朝早くからラウラウビーチへ行ってみよういうことで出掛けたが、プライベートゾーンに迷い込むなどで断念。ダンガン岬の方へとドライブをし“禁断の島”を見つけた。何で、そう呼ぶのかは分かりません。




  目的のラウラウビーチへ行けなかったのでハファダイビーチへ。ここも観光客は少なくてのんびり過ごせた。雲が多くて、雨もパラパラ降る。旅行中は子供達との時間がほんとに長くて疲れるが、心からの楽しそうな顔を見ると来て良かったと思う。


お昼はハファダイホテルのトロピカーナで大人一人$10のブッフェ。子供向けの料理は少なくてピリカラ料理だった。終了間近だったからか、食べている途中で会計を迫られたり、食物が載っているのにお皿を片付けようとしたり、落ち着かなかった。ラストオーダー前なのにアイスクリームは早々と片付けられているのにはびっくり。しかも、ラストオーダー10分前に入った人達がいて、入ったとたんに「ラストオーダー後10分ねー」と掛け声が・・・・。その人達は慌てて沢山のお皿に料理を盛って並べて食べていた。入るときに言ってあげればいいのに・・・と思ってしまう。もっと早い時間帯なら良かったのかな?帰りにガラパンにあるギャラリアの、HRCに行ってTシャツを買う予定だったけど、ハンティングワールドの売り場に置いてある大きな壷に子供が乗ってもう少しで壊すことろだった。好奇心旺盛な子供達にとって買い物は苦痛でしかないようだ。目が離せないし、疲れてしまったので殆ど買い物もせずにサンアイに帰った。我が家恒例のHRCバナナスピリッツ食べたかったな・・・。

サンアイにあるジャングルも案内してくれて、みかんや椰子の実など沢山の果物を取ってくれた。一年中果物は取れるが、中でも6月が一番いい時期らしい。



とうとう帰国へ。セキュリティチェックでは底のある履物だと脱がされて靴まで調べられた。行きのゲームボーイのソフトのことが気になりもう一度落し物の調査をしてもらうが出てこない。飛行機のなかでは、朝早くから探検をしたりプールに入って時間を過ごしたので、疲れからか昼寝をしてくれたのでとても楽だった。今回の旅行は色々あったけど、寒い時期に暖かいところで過ごせることはほんとに贅沢なことだと感じる。長男が小学校に入るので今までのようには旅行にもいけないだろうなと、窓からの夕日を見ながら思った。

“2002年 2月 サイパン” への2件の返信

  1. サイパン旅行記を拝見し、メールさせていただきました。
    ラ・フィエスタサンロケが閉鎖されてだいぶたちますが、この1月末でニッコーホテルも売却さ
    れ、私のサイパンの思い出の場所がすっかり変わり果ててしまいました。
    もし、ラ・フィエスタサンロケで写した写真がまだありましたら、
    サイトにアップしていただけないでしょうか?
    突然のメールで勝手なお願いをして恐縮です。

  2. コメントありがとうございます。
    パソコンが変わってしまったので今すぐには写真検索も難しいのですが、時間をいただければ探してみよう思います。
    ただ・・・写真を撮った記憶が実はあんまりありません・・・。
    期待せずにお待ちくださいね。
    ニッコーホテルも売却ですか。。。
    ずいぶん様変わりしたんでしょうね。
    寂しいものです。

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